幸福な姫(前)

むかしむかし、あるところに、かつてこの国で、幸福な生涯を送りながら若くして死んだとある王子の銅像がありました。「幸福な王子」とよばれるその銅像の両目には青いサファイア、腰の剣の装飾には真っ赤なルビーが輝き、体は金箔に包まれていて、心臓は鉛で作られていました。 ある日、1羽のツバメが王子の像の足元で眠ろうとすると突然上から大粒の涙が降ってくました。 王子はこの場所から見える不幸な人々に自分の宝石をあげてきて欲しいとツバメに頼みます。ツバメは言われた通り王子の剣の装飾に使われていたルビーを、両目のサファイアを不幸な人々の元へ運びました。ツバメは街中を飛び回り、両目をなくして目の見えなくなった王子に色々な話を聞かせました。王子はツバメの話を聞き、まだたくさんいる不幸な人々に自分の体の金箔を剥がし分け与えて欲しいと頼みました。
 やがて冬が訪れ、王子はみすぼらしい姿になました。南の国へ渡り損ねたツバメも次第に弱っていきました。 死を悟ったツバメは最後の力を振り絞って飛び上がり王子にキスをして彼の足元で力尽きました。その瞬間、王子の鉛の心臓は音を立て二つに割れてしまいました。 みすぼらしい姿になった王子の像は心無い人々によって柱から取り外され、溶鉱炉で溶かされたが鉛の心臓だけは溶けず、ツバメと一緒にゴミ溜めに捨てられました。めでたしめでたし。(wikipedia『幸福な王子』より一部引用)

**

 突然、強い力で引っ張り上げられた。
「......っ!」
 息つく間もなく、目の前にあかねの姿を確認する。たぷんとお湯が揺れて、自分が浴槽の中にいるのだと気づいた。
「な、おまえ、なんで風呂に」
「なんでって、あんな悲鳴上げられたら誰だって心配するでしょう?」
「悲鳴?」
 なぁに、覚えてないの?とあかねが不思議そうに首をかしげる。湯気で曇る風呂場で、自分のほうが湯船の中にいたことに、乱馬は思わず安堵の息を漏らした。頼むから、たとえ自分が悲鳴を上げたとしても、若い女が無防備に男のいる風呂場へなど入ってくるなと言ったとして、果たしてこの女に通じるだろうか。四つん這いで自分の顔を心配そうに覗き込むあかねの、短いスカートから伸びる白い太ももをちらりと見やる。あぁ、いま手を伸ばしたら頬を叩かれるだけじゃあ済まないなと、想像して痛くもない右頬をさすった。日々の慣れとは恐ろしいよ、俺にとっても、お前にとっても。乱馬は心のうちで一人愚痴た。
 男嫌いのこの許嫁が、自分にだけは無防備になるのが嬉しくて悔しい。無防備になれるということは、自分を警戒していないということで、それはあかねが乱馬くんに甘えているってことなのよと、耳障りのいい文句を並べられれば気分は悪くない。いままで家族を除けば男の一切を信用していなかったあかねの、自分が初めて信用に足る人間だと認められたというのは。けれど見方を変えれば、警戒されていないのはそもそもが男として見られていないということではないだろうか。それならば彼女との間に築かれていく、信頼という名の不落の煉瓦は果たして価値のあるものなのだろうか。
「汗?」
 太ももと同じ青白いあかねの、ほそい指がぬっとのびてきて、はらう間もなく乱馬の濡れた前髪に触れた。そのまま目にかかる前髪を分けられ、そっと、目のしたを彼女の指の腹が擦る。
「それとも、涙?」
「ただのお湯だろ」
 あかねの手を咄嗟に掴むと、それは驚くほど小さくて柔らかかった。彼女だって武道家の端くれで、その辺の男よりよっぽど強くて、それなのにこんなにも彼女の手は頼りないのか。乱馬に手を掴まれても、乱馬を覗きこむその瞳が戸惑いに揺れることはない。それが少しだけ、腹ただしい。この女が、男性経験が少ない割に物事に動じない(もしくは長年拗らせた片思いのせいで不都合な感情が表に出にくい)のは出会ってすぐに、嫌というほどに理解した。さらにはその端正な顔立ちや明るい性格から、男にモテないはずがないくせに(現に毎朝うんざりするほどの果たし状、あるいはラブレターの類を、抱えきれないほどに送りつけられているくせに)男の自分にこんなにも警戒心を抱かないのは、もはや信頼などではなく油断だ。冒涜だ。ちくしょうめ。
「そ、ならいいけど」
 前かがみになっているせいで、あかねの長い髪がだらりと垂れる。青くて美しい、あかねの髪。こんなに綺麗なのに、勿体無い。彼女が男嫌いだと聞いたとき、乱馬の脳裏に最初に浮かんだのがそれだった。勿体無い。守られることに慣れていなくて、守るためには自己犠牲も厭わなくて、こうしてうんざりするほど優しいあかね。女たらしと乱馬のことを揶揄するくせに、自分はどうだ。人たらしなのはあかねのほうではないか。そのせいで、いつも傷ついて、益を生まない無限ループを永遠に駆けているくせに。
 あかねが手を振りほどこうとしたので、咄嗟に彼女の手を握りしめる手に力を込めた。
「ちょっと、まだ寝ぼけてるの?」
 そもそもが頭を冷やしたいからと風呂に入って、でも女になるのは嫌だから湯船に潜って、ほんの数秒、意識がどこか向こうのほうへ飛んだ。そしてその間に、ひどく短い夢をみた。夢と呼べる代物かどうかもわからないけれど、後味の悪い嫌なものだったことだけは覚えている。このお人好し女が、どんどんボロボロになっていく夢だった。友人を、知らない子供を、あるいは家族を、そして乱馬を庇って。手を伸ばすのにいつも、あかねは乱馬の手を掠めて、あと少しというところでいつも傷つく。最初は擦り傷程度だった傷が、どんどん深い傷になっていく。ボロボロのあかねに、周囲が泣きつく。「お願い、あかね。あかねだけが頼りなの」おい、やめろ。その言葉は、この女にはタブーだ。頼まれなくても首を突っ込むお人好しに、願い事なんてするな。そんな細腕になにかを背負わせようとするな。
 そんな夢を見た理由が現実に即していることを理解しているから、目が覚める直前に腕の中で抱きしめた、あのだらりと力の抜けたあかねの体の感触を拭い去ることができない。ほら、だからいまも湯はこんなにも熱いのに、鳥肌が立っている。
「なんか寒い」
「湯冷めしたのよ。お風呂で寝るから」
 違う。そうじゃない。この寒さはこういうんじゃない。なんでわからないんだよ。なんで、お前はわからないんだ。あぁなんだか無性に苛々する。あかねの優しさにも、無力な自分にも、腹が立って仕方がない。
「それとも、体が冷えちゃったのかしら」
 ドクンと、心臓が嫌な鼓動の立て方をした。
 仕方ないわね、とあかねは人の気も知らず呑気な口ぶりで言う。
「今日は一日中スケートリンクにいたものね」
 糸が切れる音がはっきりと聞こえた。ぷつんと、緊張していたそれが呆気なく、切れた。気づけばあかねを掴んでいた手を、そのまま引き寄せていた。
 大きな音をたてて湯船が飛沫をあげる。湯が波を打ち、平均的な一般家庭を考えれば十分に広い天道家のバスタブに、あかねが落ちた。きゃっ、と可愛らしい悲鳴をあげたのも束の間、彼女は乱馬の脚の間にザバンと落ちたのだった。ふわふわの柔らかい髪が湯船の上を好き勝手に浮かび、水を吸った薄手のセーターとスカートがひらひらと漂って乱馬の脚や胸板のあたりをくすぐった。
「な、にやって」
 驚いた表情を浮かべるあかねに満足して、同時に少しだけ、体が体温を取り戻した気がした。あぁ、でもまだ足りない。まだ、こんなに寒い。
「もう、乱馬。濡れちゃったじゃ......」
 文句を紡ぐあかねの唇に、自分のを重ねてそのまま抱きしめた。腕の中で、びくっとあかねの細い肩が震えたのがわかった。わかって、胸板に押しやられる抵抗を感じたまま、力を緩めなかった。
 この女は、きっと自分がやめろといったって聞きやしない。聞かずにどんどん自分を犠牲にして、呑気に笑顔を浮かべて、傷を増やしていく。その多くが、勝手にあかねのところに舞い込んでくるものばかりだけれど、引き寄せているのは彼女自身だ。彼女の優しさ、思いやり、人柄、責任感、そしてそれらを全う出来てしまう能力。
「......他の誰かに傷つけられるくらいなら」
 一生気づきやしないんだ。一度痛い目に合わなければ、一生。
 初めて出会ったときから、危なっかしい女だと思っていた。明るくて、真面目で、責任感が強くて、優等生気質でもないくせに優等生の仮面を無理矢理顔に貼り付けた不器用女。可愛くて、涙もろくて、繊細で、許嫁を名目にしてでも、なんでもいいから守ってやりたいのに、本人は何の気なしにするりと乱馬の腕から抜け落ちる。
 それならばいっその事。
「俺が傷つけてやるよ」
「なに、え......あっ」
 薄く開いたあかねの唇は湯に浸かっていた自分のそれよりもずっと冷たかった。舌でこじ開け、口の中を弄ると、彼女は意外なほどに反応した。わずかな吐息ですら響いてしまう浴槽で必死に声を抑えようとするあかねが可愛らしくて、ついでにいまのいままで我慢していたタガが一気に外れた。青白い顔が少しずつ火照って紅潮していく様はなかなかに男心をくすぐるものがある。逃げようと顔を背けるあかねの頬を包んで無理矢理にこちらを向かせ、この行為の終わりがあかねとの許嫁の解消になるかもしれないと思うと余計にやめられなくなった。当然だ。嫌いではないけれど特段好きでもない。それがあかねの自分への評価であることを乱馬は確信している。だからこちらも、なんの代償もなしに成し遂げられるとは思っていない。
「ふっ......んぁ、やめっ」
「やめねぇ」
 もっと感じたい。彼女の確かな呼吸を、温もりを。あかねの髪が頬に張り付いている。ゆっくりと耳にかけてやり、そのまま彼女の耳たぶを口に含んだ。それから耳の裏、首筋へとゆっくり唇を這わせていく。その度に腕の中のあかねがビクッと震え、しかし抵抗の力は少しずつ弱まりをみせた。細い体。折れそうな首。女って、こんなに繊細なのか。普段は逞しいこの女だからこそ、あるいは余計にそう感じるのかもしれない。
「お願っ......乱馬、もうやめて」
「いやだ」
 声が、少しだけ震えた。情けないけれどいまだけは、抱きしめさせてほしい。安心させてくれよ、頼むから。
「乱、馬?」
 あかねが変な顔で自分を見つめている。困ったような、それでいて気にかけるような顔。うんざりする。そんな目で見てくれるな。そうやって俺を心配して、自分を安く差し出そうとするな。それじゃ、なんの意味もないじゃないか。余計にひどくしたくなるじゃないか。
「......俺がやめても、どうせおめぇはやめねぇだろうが」
「え?」
 呼吸を乱したあかねが、わずかに目を見開いた。
「俺がやめろっつっても、おめぇは頼られれば期待に応えるだろ。困っている奴がいれば平気で手を差し伸べる。俺がやめろって言っても、おめぇはどうせ、俺を助けようとするじゃねぇか」
 あかねが息を飲んだのがわかった。わかって、いまさらもう引き下がるつもりもなかった。できるだけ優しくする。あかねを傷つけるつもりも毛頭ない。けれど恨んでもらって結構。恨んで怖がって、もう二度と、簡単に自分を差し出そうだなんて思わないでくれ。
「それからもう一つ」
 唇を重ねる直前、信じられないものでもみるみたいに乱馬を見つめるあかねに、乱馬は低い声で言った。
「今後なにがあろうと、絶対に、男の風呂場には入ってくんな」
 引き金にしては随分間抜けなセリフだ。滑稽で、情けなくて、あまりに自分たちらしいなと乱馬は思う。

**

 手を離せとあかねは叫んだ。離せるはずがないのに、彼女はいとも簡単に、乱馬の手を掴むのをやめた。それどころか引き剥がそうとしたのだ。あのとき、乱馬が手を離せば彼女は死ぬかもしれなかったのに。
 忘れないだろう。あかねの手から一気に力が抜けたあの瞬間。強い回転による遠心力の中で、彼女が、簡単に命を手放そうとしたあのときの恐怖を。格闘スケートとは名ばかり、相手のフィールドに合わせて戦った、ただの暴力。公平さもルールもない、一方的な勝負。
 彼女が生きているのは、そういう、理不尽な世界なのだ。

**

 布越しにでもあかねのそれはひどく柔らかかった。指に力を込めると、あかねの口からは声にならない声が漏れた。
 自分でも呆れるほど、執拗にキスをした。わざとではなく、ただただ夢中だった。それでも難攻不落と呼ばれるあかねが、普段は強気なその眼差しをとろりと解けさせて自分を見つめると、どうにもならなくなるのだ。お仕置き、みたいな下品な意味合いで始めたわけではなかったが、これではまるで自分のほうが絆されているみたいで癪だった。そもそもが仕掛ける罠を間違えたのかもしれない。
「さっき、から、なに......っ、その顔?」
 愛撫をやめれば息を乱しながらもすぐに反撃してくる。こちらは色々限界だというのに余裕綽々で、それがこの天道あかねという女なのだ。
「うるせぇよ」
 セーターと下着を一気にたくし上げて現れたあかねの、白くて陶器のように滑らかな肌に乱馬は息を飲んだ。女の体なんて自分ので見慣れているのに、なんでこうも違うのだろう。綺麗だ、死ぬほど。そんな言葉を飲み込んで、口付ける。白い肌の上に自分が紅を散らしていくのだと思うと、ますます欲情した。
「んっ......ぁ、あぁ!」
「......あかねっ」
 無事でよかった。守りきれてよかった。不得手な分野でよくやったなと、自分でも思う。抱きしめると、柔らかくも反発する弾力のある肌。大きな目の際に浮かぶ涙を唇ですくうと、それは塩辛かった。
 指で、舌で、彼女の柔らかいそれを愛撫する。隆起したそこを舌の上で転がしながら口に含むと、口から漏れる声はさらに甘さを増した。経験など全然なくて、だからやり方など、ごくありふれた高校生男子の、一般教養のレベルに収まる程度のものである。武道一本でここまでやってきて、好きな女ができるだなんてまるで考えたもしなかった。許嫁だって形式上。けれどいまは、養ってきたもののすべてをあかねに注いでいる。
 太ももを撫で、そのまま意味のなさないスカートの奥へとしのばせようとすると、急に強く抵抗された。そうだ、それでいい。抵抗して、嫌がってくれなければ意味がない。けれどあかねは、そんな乱馬の思考をいとも簡単に裏切った。
「服......重たいわ、お願っ、脱がせて......」
「......は?」
 取り澄ました顔、というのは、普段もそれがデフォルトの人間に適用できる形容詞なのだろうか。すっかり女の顔をして、けれどその唇からは信じられない誘い文句を吐いてみせたのだった。悶々としながらあかねの、たっぷりと水を吸ったセーターを脱がしてやる。ついでに顔にかかる鬱陶しそうな髪を再び耳にかけてやり、そうして薄いキャミソールが彼女のシルエットに沿って肌に貼りついているのを見て、乱馬は思わず目をそらした。あぁ、なんだか馬鹿みたいだ。同じことをあかねも思ったらしく、くすくすと、口元に手を当てて可笑しそうに笑った。
「おめぇ、状況分かってんのかよ」
「ふふ、わかってるわよ」
 これは、絶対に分かってない。わかるはずもないだろうと思っていたのに、あかねは真面目な顔で両腕を持ち上げた。
「はい、これも」
「おめぇなぁ」
「続き、してくれないの?」
 します。しますとも。しないわけないだろう。こんなつもりじゃなかったのに、いや、こんなつもりだったけれど、こんなはずじゃあ。
 納得できないまま、言い訳というにはあまりに情けないものを心のうちに並べて、あかねのキャミソールを脱がせる。その下で無理矢理に押し上げたブラジャーが形を崩してずり上がっていた。フォックを外すと、ワイヤーで潰れていたあかねの胸が形良くたぷんと揺れた。あぁ、うまそうだ。率直にそう思った。食い尽くしたい。
「まだよ、乱馬」
 声は甘ったるいのに、少しだけ余裕を取り戻したあかねが自分に向かって足を伸ばす。どんなストリップだよ、という文句を飲み込んでストッキングを、そのあとにスカートを脱がした。ブラジャーと揃いの、白いレースの下着を取り払ってしまおうと手をかけたとき、あかねが乱馬の頬に触れた。
「私が、なにかしちゃったんでしょう」
「え?」
「それで、乱馬を傷つけたのよね」
 あかねが突然膝立ちになった。その衝撃で湯の飛沫が乱馬の顔にかかった。乱馬の肩に手をかけて、あかねが乱馬を見下ろしていた。濡れた髪から滴る湯はすぐに冷えて、乱馬の頬に落ちる頃にはすっかり水になる。湯の中でぼやけていた輪郭が、はっきりと、乱馬の前に現れる。形のいい乳房、薄い乳輪のまるみ、細くくびれたウエスト、縦ラインのへそ、そして、泣き顔。
「だってあんたは、最初からずっと、泣きそうな顔をしてる」
「あ、かね」
 声が掠れた。こんな風に涙を流すあかねを、見たことがなかった。
「ごめんなさい」
 あかねの大きな瞳からは、次々に涙がこぼれて落ちた。眉を潜め、泣くのをこらえようとしているあかねの泣き顔は、まるで怒っているようにもみえる。
「傷つけて、悲しませて......っごめんなさい」
 細い腕が、乱馬の頭を包むみたいに抱きしめた。まるで子供みたいに、しゃっくりを上げながら泣き声を押し殺すあかね背中に、慌てて腕を回す。
「そんなつもりは、なかったの。乱馬を傷つけるつもりも、悲しませるつもりもなかったの。だからそんな顔で、キスしないで。お願い......っ」
 そんな顔。自分は果たして、どんな顔であかねを抱こうとしていたのか。きっとどうしようもなく情けない顔だったんだろうなと想像して、やめた。代わりに「なにが悪いのかは分かんねぇの?」と尋ねると「わかんない」と鼻を詰まらせた声が返ってきて、乱馬にしがみつく腕にさらに力が込められたので、思わず笑ってしまった。そんなにしがみつかなくたって、どんなに傷ついても、どんなに腹が立っても、自分が彼女から離れる可能性など皆無だというのに。
「あかね」
 名前を呼んだ。できる限り優しく、彼女が怯えてしまわないように。
 顔をあげた彼女のくしゃくしゃな顔に、キスを落とした。まぶたや、その長い睫毛。ちょこんとした鼻。頬。唇。「ふ......ぁ」と甘い声が漏れる。
「抱かせて」
「......ん」
 控えめで、けれど確かに了承の意思の込められた彼女からの口づけに、こんどは貪るようにやり返した。
 冷えきっていたはずの体はもうこんなにも温かい。

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